SD14(June08)/DP1/DP2でとことんシグマ+フォビオンな1.5年を経てニコンD300S導入。ますますおバカさんに成り果てるかもしれない、すべての印象主義者へ贈る小生意気な記録。HN:ハルムート(^ ∀ ^)


by karuku_against
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13 Sep 08 情報スクラップ Imaginginfo.comにおけるフォトキナ直前SD14レビュー

Imaginginfo.comに共感できるSD14のレビューがあったので、ざっと日本語にしてみました

原文のURL:
http://license.icopyright.net/user/viewFreeUse.act?fuid=MTUyNTgzOA==


Disclaimer
これは私的な興味と情報のシェアという目的で
大雑把に概要を日本語にしたものです
This translated material is created solely for personal use
and sharing the outline of the original article
with people who may want to read it in Japanese.




シグマSD14が「他と違う」二つの顔
by Don Sutherland
source: PTN Digital Deal, September 2008
(概要訳)


2008年のフォトキナ開催がせまる中、さまざまな噂や情報が飛び交っている。シグマのトム・ソーベイ(Tom Sobey)氏によると、シグマ本社では一眼レフ製品ラインの開発を検討しているという。新たな一眼レフが追加されるという意味だ。まだほんの噂の段階だが注目に値する情報である。そんな中、現行のシグマ製品について考えてみたいと思う。

シグマのカメラの真骨頂は「他とは違う」という前提である。単に表面的なスタイルやディテールが違うということではなく、「根本的に違う」ということ。ある意味、デジタル写真の再発明といったところだ。この違いのベースとなっているのは、フォビオンセンサーを採用している唯一のメーカーだという点だ。

フォビオンの撮像素子については今では広く理解されているし、受け入れられているといえるだろう。だが、この「違い」にどういう意味があるのかということになると、途端に議論は大混乱の様相を呈してしまう。

アップルコンピューターの例が示すように、「他と違う」ということはマーケティングの観点から有利なことだ。しかし、アップルのアーキテクチャを批判する声が相対的に非常に少ないのと比べると、フォビオンのアーキテクチャーに対しては賞賛と痛烈な批判の両極端があり、たいていはその間の意見で占められている。アップルの場合、その「違い」は独自のポジションを表明するステートメントになっているが、シグマの場合は「違い」そのものが議論の的になっているのである。


皆あの「小さなヤツ」を好き?


シグマの現在のラインナップはDP1、および前回のフォトキナで発表されたフラッグシップ機SD14である。この二つの製品のボディは完全に別物だが撮像素子は同じで、1400万画素ということになっているが、まずはこの数字自体が議論に火をつけた。ピクセルとは正確には何なのか?フォビオンの場合、三層になった三色セットで1ピクセルなのか、それとも3ピクセルになるのか?これは2002年にSD9が発売されて以来現在に至るまで激しく議論されているポイントである。

これを思うと、DP1に対する反応はちょっとした驚きだった。1400万画素(おそらく)の大型センサーを有するこのコンパクトカメラに対するレビューは、おおよそポジティブである。このカメラ自体が非常にシンプルであると共に技術寄りのユーザーが比較的少ないためか、一眼レフのときのような議論は起こっていない。その代わりにDP1が吐き出す画が話題の中心になっている。フォビオンセンサーのすごさがどういう風に語られていようと、ユーザーは写真そのものの画質についてかなり一致した見解を持っているように思う。

デジタル一眼レフというものはどっちにせよ優秀な画をつくりだすものだが、コンパクトカメラの分野ではサイズの関係からノイズなど解像度を低減させる要因を避けることができないため、素晴らしい画を生む存在は真に異彩を放つのである。一方、一眼レフの購入者やユーザーはもっと技術寄りなことが多く、自分たちがいかに頭が良いかを示したがる傾向もみられる。というわけでシグマのデジタル一眼レフにはかなり熱い議論がついてまわるので、潜在的な購入者を少々ナーバスにさせてしまう部分があるのだ。


過去の新しさ?


議論のほとんどはフォビオンセンサーを中心としたものだが、それを包含するカメラ自体はシグマがつくっている。シグマはレンズメーカーとして知られていると思うが、実際には35mmの時代からカメラ事業を続けている。SD14のボディはシグマの配慮の深さを示す優れた設計思想でつくられている。2002年の時点で求められる良いカメラのすべてが詰まっているカメラなのだ。

しかし今はすでにその6年後の 2008年。ダストリダクションシステムやボディ内手ぶれ補正、ライブビューなどの恩恵を受けることのできる時代 になった。SD14にはこうした機能は一切搭載されていない。これらの少なくとも一つ二つくらいは後継機についてきたらうれしいな、とは思う。

SD14にはダストリダクションシステムが搭載されていないが、フォビオン素子はガラスの下にあるため、最新の技術と同じくらい簡単な昔ながらのクリーニング方法でOKだ。

ボディ内手ぶれ補正については、シグマが技術的にできないということではなく、自社のOSレンズと競合するという理由から導入しないものと考えられる。やはり手ぶれ補正レンズを製造しているキャノンやニコンがボディ内手ぶれ補正機能を搭載する可能性が低いのと同じことである。

ではライブビューについてはどうか。ベイヤーセンサーの場合も熱問題などの障害を乗り越えなくてはならなかったが、これについてはちょっと予測がつかない。

さて、次のシグマの一眼レフにこうしたホットな機能が一切つかなかったとして、それで影響が出るのだろうか。たとえばニコンはこれらの機能の搭載に関しては一番遅かったが、売り上げは好調だった。

シグマは新参メーカーではないにせよ、カメラメーカーとしてのニコンのポジションは別格である。したがってニコンにも機能がないからシグマにもなくたって大丈夫ということはできないが、こうした新機能が搭載されていないからといって製品が人気を失うことはないということは、ニコンの例で明らかだ。なぜなら、こういったこととは別の要素がシグマのカメラには存在しているからである。


論より証拠


どんなカメラでもそうだが、シグマのSD14には愛すべき点と困った点が両方存在している。たとえばISOを変更するとき、メニュー上で順送りにしか選択できなかったりする。ISO200で撮っていて次は100にしたいとなったとき、1600まで押して50を通過しないと100に戻れない。すごくイライラするというわけではないものの、操作にちょっとした時間がかかってしまうわけで、これはどうにかならないかと思わせる点だ。

とにかくサクサク撮影ができるようになったこの時代、もっと気になるのはSD14のバッファである。一度に5枚分しか余裕がないような感じで、CFカードに記述するのに何やらものすごく時間がかかる。フォビオンセンサーの常駐ファイルフォーマットがX3FというRAWファイルであることを思えば、たとえディスプレイにサムネイルをつくるためにいくらかの処理が必要となるとしても、なぜもうちょっと早く書き込めないのかと感じてしまう。

そしてファイルが書き込まれると、サイズが2640x1760ピクセルになっていてびっくりする。1400万画素のカメラなら、なんでペンタックスの1400万画素のように4672x3104ピクセルにならないのか?これが議論が一番盛り上がるポイントだ。ハイテクに詳しい達人たちは「ピクセルとは何か」という疑問を復活させ、補間がどうのこうのと語り始める。ベイヤーセンサーについてよくよく考えてみれば、1400万画素の写真が4672x3104ピクセルであるべきなんていうことに意味などないのだ。

ネット上の住人たちはこのような疑問を粉砕してきたが、こういう疑問が出てくること自体、一部の人にとっては不愉快なことなのだ。ならば、どうすれば安心させることができるのだろう。


とにかく画をみて!


ミツバチがどうやって飛ぶのかを知らなくたって、ミツバチは甘い蜂蜜をたくさん運んでくれる。SD14という製品の誠意はその画づくりの中にある。うまくいったときのSD14の画は驚くほどシャープで、色合いは息をのむほど美しい。

どうしてこういうことがシグマのカメラの特徴になっているのかという理由については、これもまた議論の的だが、技術的な理由というものが存在している。
でも、そんなことはどうでもよくて、もう難しいことは忘れて、目でしっかり見てみよう。

とてつもなく精緻な解像感、瑞々しくて艶かしい色合い。これが私たちがシグマの一眼レフに期待しているものなのだ。こんな風に感じることが何度も何度も起こるのである。

こうした素晴らしさはフォビオンのアーキテクチャによるものだと考えたい理論家もいるようだが、シグマ自身の貢献も大きいことに間違いはない。以前サーカスでパフォーマーの写真を撮ったことがある。大きな真っ黒な背景にスポットライトがあたっているという、ほとんどのAEシステムがまったく無能になってしまうような照明の状態だった。しかし、特に注意しなくともSD14のAEは完璧だった。ハイライトにもシャドウにもしっかりとディテールが写し込まれていた。このときは手持ちで撮影し、300mm相当の望遠で撮った。シャッタースピードは1/80で、OSはなし。ISOは400と800。ノイズが出ることは出るがソフトで十分補える範囲で、真っ暗な背景を考えればかなりの出来映えである。

シグマのSD14を「アーチストのカメラ」と呼ぶのは間違いだ。その吐き出す画質は商業写真の世界でも十分通用するものだからである。

SD14は、本当に画を気にする人、サクサクとした機能よりも素晴らしい写真をつくり出すことを気にかける人のためのカメラと呼ぶのが正しいと思う。

このカメラの解像感には何か桁違いのものがあって、間違いなく人目を引く。卓越した、費用を惜しまずにつくりあげられた品質がここにある(現在は発売当初の半値以下で売られているが)。大統領やロールスロイス、世界で一番美しい風景を撮るときに使うカメラなのだ。

つまらない口論が大好きな人間たちには、好きなようにやらせておけばよいじゃないか。
どうあろうとSD14は「最高の違い」を持っている。
どんな議論ですら、「うわーすごい・・・」という一言でまとめさせてしまうことのできるカメラなのである。

原文のURL:
http://license.icopyright.net/user/viewFreeUse.act?fuid=MTUyNTgzOA==

※原文のコピーライトの問題もあるため無断転載は禁止します。コメントにてご連絡ください。
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by karuku_against | 2008-09-13 06:20 | 情報スクラップと読書感想